今日は雨もあって、七尾城山には登っていません。

 昨日は昼間に本丸跡駐車場まで大型バスにつられて車で登り、夕方、久々に旧道を歩いてみました。降りてからすぐにホームページにアップしようとしましたが、蒸し暑さの中歩き回ったせいか、疲れ果ててダウンしてしまいました。

 ということで、順に写真でアップしておきます。新たな写真としては、やはり「門の高」と「立石の地蔵さん」の間を横切る能越自動車道路の工事で、県道登山口の「城山高架橋」のように、かなり進捗していました。

 しかし、かなり低いところに橋桁があり、供用されると旧道はどのようになるのでしょうか?

 旧道入口 旧道入り口

 門の高 門の高

 能越道工事 能越自動車道路工事(頭上)

 能越道工事(北側) 能越自動車道路工事(北側)

 能越道工事(南側) 能越自動車道路工事(南側)

 工事現場を過ぎ、虫歯を治してくれるという立石の地蔵さんを過ぎると、畑をしている方がおられました。武家でしょうか屋敷があったという小屋場から城主の館の跡と言われる高屋敷から右に曲がってアスファルト道路にでます。そこから赤坂口まで、かつては両側に木が林立して鬱蒼としていましたが、今はかなり間伐が進み明るい感じがします。

 立石の地蔵さん 立石の地蔵さん

 小屋場 小屋場

 高屋敷 高屋敷

 アスファルト道路 赤坂口へ(アスファルト道路)

 赤坂口 垢坂口(左奥側:蔵屋敷跡)

 垢坂口には郷土史家「小田吉之丈氏」顕彰碑と「歴史の道」の碑があります。S登り始めると2年前に矢田郷地区にある山王小学校の6年生が作った看板があり、旧道(大手道)を登るにしたがって両脇にはところどころ木の名前を書いた木札があります。これも山王小学校の生徒が、ガイド部の国分事務局長の指導(木種の査定)で取り付けました。15日は蒸し暑い日で、長坂から七曲を経て三叉路まででかなり汗をかきました。途中の見晴らしは、朝からのpm2,5の影響で遠くを見渡せませんでしたが、しばらく休憩しました。道にはいろいろなキノコが顔を出していました。ほとんどは折られていましたが。

 歴史の道 垢坂口(歴史の道碑)

 長坂 長坂

 狭隘な道 狭隘な場所

 見晴らし-1 最初の見晴らし

 キノコ-1 キノコ

 時鐘跡 時鐘跡

 キノコ-2 キノコ

 七曲り-1 七曲

 番所跡 番所跡

 三叉路 三叉路(とよの水と安寧寺跡分かれ道)

とよの水に向かう沓掛場と安寧寺跡への分かれ道は、旧道一番の案内看板の多いところです。今回もいつものように安寧寺跡から三の丸跡、二の丸跡に進みました。三の丸へは階段を利用せず途中から法面を登り、石垣跡を撮影しました。三の丸に登ると、二の丸との切り割のところから下り、二の丸へは切り割の法面を登りました。

 標識 標識銀座

 安寧寺前 安寧寺跡前見晴し

 安寧寺跡 安寧寺跡

 三の丸へ 三の丸へ

 カワラケ-1 カワラケ

 カワラケ-2 カワラケ

 三の丸石積み 三の丸石垣(石積み)

 三の丸跡 三の丸

 切り割 三の丸と二の丸跡の間の切り割

 二の丸跡 二の丸跡

 二の丸跡から温井屋敷跡に降り、桜の馬場を通って本丸跡まではいつもの道を進みました。今回は西の丸跡を上がりませんでした。遊佐屋敷を通って本丸跡まで上がりましたが、石垣を含めて草がだんだん伸びてきています。

 二の丸から九尺石 二の丸跡から九尺石

 温井屋敷跡 温井屋敷跡

 九尺石 九尺石

 桜の馬場と西の丸 桜の馬場と西の丸跡(右側)

 遊佐屋敷跡 桜の馬場から遊佐屋敷跡

 本丸跡階段-1 本丸跡階段-1

 本丸跡階段-2 本丸跡階段-2

 本丸跡 本丸跡石垣

 本丸跡-2 本丸跡

 本丸跡からは、やはり景色は霞んで見えました。本丸跡からは裏を通り、調度丸跡から搦め手口を降り、とよの水を過ぎて元来た旧道を下りました。とよの水では前回見つからなかったヒダサンショウウオがいました。足が生えていますからそろそろこの池を出ていくのではないでしょうか。沓掛場から三叉路に来ると陽が落ちてきていました。元来た道を急いで降りたのはいうまでもありません。

 遊佐屋敷へ 本丸跡裏口から遊佐屋敷跡へ

 調度丸へ 調度丸跡へ

 調度丸跡 調度丸跡

 調度丸から 調度丸跡から本丸跡を

 搦め手口へ 搦め手口へ

 搦め手 搦め手

 とよの水 とよの水

 ヒダサンショウウオ ヒダサンショウウオ

 三叉路(帰路) 三叉路

 立石の地蔵さんのところからの能越自動車道路工事現場が、少なくなった木立越しに見えました。本当に低い道路のようです。

 立石の地蔵さん(帰路)