午後、晴天となって少し暖かい2時過ぎ、旧道を登りました。

 城山

 城史資料館の駐車場に車を置かせていただいて、まず地蔵さんにお参りしました。地蔵堂の横に大正時代に書かれた「地蔵尊因起」がアクリル板に認められています。明治37年に西光寺跡と伝えられているところから下半身の地蔵さんが出て、お堂に祀った謂れが書いてあります。したがって、上半身は出土後に作られたのですが、下半身しかなかったのは刀で切られたのではないかと伝えられているということです。お地蔵さんと地蔵堂をお守りしているのは地元の川淵さんたちです。

 

 地蔵堂 地蔵堂

 地蔵さん お地蔵さん

 地蔵堂を横切って進むと、旧大手道に入ります。竹で作った垣根のそばに山茶花が咲いていました。「門の高」までの道は一昨日までの雨のためか少しぬかるんでいました。「門の高」を過ぎると能越自動車道路の高架が横切っていて、現在七尾城山ICから七尾ICまでの工事が進んでいます。来年の4月には開通するそうです。

 旧道4 大手道入り口

 旧道6(自動車道) 能越自動車道

 能越自動車道をくぐって進むと「立石の地蔵」さんがあります。小さい祠の下には百両が赤い実を付けています。お地蔵さんの横にある石、これを立石というのでしょうか?文字が刻まれていますが、風化していて読めません。

 立石の地蔵さんを過ぎたところに畑がありますが、ここもイノシシが出ているようで土が掘られています。

 旧道7(立石の地蔵さん) 立石の地蔵さん

 旧道7(時増脇の百両) 百両(カラタチバナ)

 旧道7(地蔵脇の碑) 立石

 旧道8(畑の猪跡) 畑(イノシシの出没)

 高屋敷跡を右に曲がってアスファルト等櫓を進みます。ここも旧道の大手道です。道に拡がった落ち葉が秋を感じさせます。

 旧道11(高屋敷跡) 高屋敷跡

 旧道12(アスファルト道) アスファルト道

 アスファルト道が終わると直進すると蔵屋敷跡への道になります。もう一方、右手の現在「赤坂口」と呼ぶ登山口ですが、本当の「赤坂口」はもっと手前、旧道に入る手前の場所を地元の人は呼んでいます。したがって、ここは赤坂口であって赤坂口ではなく、最近そう呼んでいるだけのことですが、「歴史の道 赤坂口」と刻まれた石柱があると、いずれここが赤坂口になるかもしれません。この場所にはフェイスブックに書いた城史年表の誤謬の指摘を受けた鈴木院主の「妙圀寺」があった跡と言われる場所が接しています。

 旧道15(蔵屋敷跡方向) 蔵屋敷方向

 旧道14(赤坂口) 赤坂口

 また、ここには七尾城を世に知らしめた故小田吉之丈氏の顕彰碑が建っている所でもあります。平成に入っての顕彰碑でしょうが、その顕彰碑の横にも何時建てられたのか「七尾城史 小田吉之丈 功」という字が刻まれた小さな自然石があります。顕彰碑と考えられますが、「功」の横に刻まれた字をはっきりと読むことができません。

 旧道19(顕彰碑) 顕彰碑

 旧道20(顕彰碑) 顕彰碑

 いよいよ登り道です。晴れていたので、周囲が見渡せるところで休んでは進みました。紅葉が少ないように感じながら歩きました。道に落ちているのは殆ど枯葉です。景色を見ても紅葉は少なく感じました。雨が降ったり寒かったりと天候不順が続いたので紅葉にならなかったのでしょうか?そのようなことを考えながら登って行きました。安寧寺跡に寄って沓掛場から樋(とよ)の水方向に進みました。

 旧道21(登り口) 登り口

 旧道22

 旧道26 長坂

 旧道29

 旧道32(ドングリ) どんぐり

 旧道33(栃の葉) 栃の葉

 旧道35(見晴1) 見晴らし(七尾火力発電所)

 旧道36(時鐘跡) 時鐘跡

 旧道39(七曲り) 七曲り

 旧道41(番所跡) 番所跡

 旧道43(三叉路) 沓掛場へ

 安寧寺跡 安寧寺跡

 旧道45 とよの水へ

 旧道47(とよの水) とよの水

 旧道47(とよの水上) 二の丸石垣(とよの水上方)

 とよの水を過ぎて調度丸に上がる石段からは左右に石垣がパノラマのように広がっています。桜の馬場から温井屋敷跡、二の丸跡の石垣が拡がっていて壮観です。七尾城跡でも一番の見どころの一つだと思います。今の季節が草が枯れて良く見渡せる時期です。

 旧道50(石垣パノラマ) 石垣群

 石段を上ると調度丸になります。調度丸から本丸跡までの石垣も素晴らしいものです。七尾城跡というと桜の馬場の階段状の石垣が写真に撮られて紹介されています。

 旧道51(城入口) 調度丸入口

 桜の馬場石垣 調度丸(桜の馬場石垣)

 その石垣を横に見ながら石段を進んで、遊佐屋敷跡、本丸跡とすすみました。遊佐屋敷跡を過ぎて丸太の階段を上ると、本丸跡の石垣が広がります。先日公開されたコンピューターグラフィックスでは、上段の石垣から一段下の石垣までせり出した建物が作られていました。そうしたのは土台石があった痕跡があるからでしょうか。

 桜の馬場石段 桜の馬場石段

 本丸跡階段1 本丸跡階段

 本丸跡石垣 本丸跡石垣

 本丸跡階段2 本丸跡階段

 本丸跡はに登ると人気が無く静かでした。お天気も良く視界が開けて景色も素晴らしいものでした。

 本丸跡1 本丸跡

 本丸跡2(碑) 七尾城址碑

 本丸跡より(市街地から能登半島) 市街地から能登島方向

 本丸跡より(能登島大橋) 能登島大橋

 本丸跡より(発電所方向) 火力発電所方向

 本丸跡より(展望台) 展望台

 石動山 石動山

 時間的な余裕がなく、本丸跡をあとにして三の丸を通って旧道を下りました。紅葉は今一つでしたが、秋風と頃良い朝を流して七尾城址の秋を体感しました。

 遊佐屋敷跡と桜の馬場 桜の馬場と遊佐屋敷跡

 九尺石 九尺石

 温井屋敷跡 温井屋敷跡

 二の丸跡 二の丸跡

 貫土橋あと 貫土橋跡(切り割)

 三の丸跡 三の丸跡

 三叉路 旧道を降りる

 明後日(26日)は、七尾城山を愛する会の研修旅行で福井県の大野城と平泉寺を訪問します。大野城は最近天空の城としても有名になり、天守閣があるので楽しみではありますが、七尾城のような中世戦国時代の山城という感じではないようです。下に降りると能越自動車道が夕陽に近い太陽に照らされて、国分寺方向に伸びていました。

 自動車道工事2