能越自動車道は、七尾城山ICから七尾ICの間を急ピッチで工事を進めています。12日の成人の日という祝日も工事が行われていました。七尾城史資料館手前の地蔵堂から旧道を車で進んで高架を抜けて右折すると、能越自動車道と平行に走る道があります。しばらく走ると、能越自動車道のすぐそばに、こんもりした小さな林があります。道路工事前は、周りが水田で囲まれていました。そこは入らずの森です。

 言い伝えでは、前田利家が七尾城に入った頃に処刑が行われた場所と言われ、地元の人たちは「しょうばたけ」と呼んでいます。「おしおき場所」が訛ったものと、七尾城史資料館の西川一治郎館長が教えてくれました。これは、愛する会発行の「松風」に少し名前は異なっていますが、写真と記載がされています。

 西川館長では、松波(能登町松波)のたたら踏み(製鉄)の職人が、利家の命令があまりに厳しい作業だったのでストライキかサボタージュをしたのか反抗したところ、一族郎党50人余りを七尾に連れてきて処刑した場所と言われているそうです。松波には、今も処刑された人たちの名前が分かっているということです。

 場所は七尾城の惣構を外にすぐ出たところですから、人の行き来のあった場所でしょう。利家は七尾の人に反抗に対する見せしめにしたのでしょうか。敵を釜茹でにするために穴水の鋳物師に大なべを作らせたり、利家は反抗するものには慈悲もない仕打ちを行っている記述が多く見受けられます。能越自動車工事を進める中で、工事関係者によって法要が営まれたそうです。

 しょうばたけ1 能越自動車道と「しょうばたけ」

 しょうばたけ2 しょうばたけ