8月29日(土)、矢田郷公民館と七尾城山を愛する会で、展望台への道「小松原道」を登りました。出発前まで雨が降っていましたが、希望が丘公園に集合した9時前には止んで、心配された欠席者は殆どいませんでした。国分事務局長のガイドで準備体操を行い、いざ出発です。

 いわゆる「小松原道」は、矢田町大門のきれいな棚田を通り過ぎ、能越自動車道の下をくぐる隧道(能登島では「まんぷ」と呼びます。)を抜けて右に折れ、八幡神社の石柱からがそう呼ばれています。というより、呼んでいます。

 矢田町大門は、呼び名のとおり七尾城の登り口になる大手門があったのでしょうか。赤坂口と呼ばれる場所は少し離れた城史資料館に近い場所にあります。

 小松原道と同じ出発点から続く「大門道」は七尾城に通じる道として、現在はズタズタに途切れていますが、ところどころ道は残っていて、戦没船員碑や開拓道路完工碑近くに七尾城山を愛する会で標柱を立てています。

 展望台へ1 展望台を望む

 希望ヶ丘 希望が丘公園から

 希望ヶ丘より 希望が丘公園から展望台方向

 小松原道1 矢田町大門を歩く

 小松原道2 矢田町大門を歩く

 小松原道3 矢田町大門を歩く

 小松原道4 棚田が続く

 稲 稲穂

 小松原道5 後ろを向くと七尾湾(南湾)

 小松原道6 隧道を抜ける

 小松原道7 右折して八幡神社石柱方向へ

 小松原道8 八幡神社石柱(紀元2600(1940)年記念)

 八幡神社はすでに麓に移されて社殿は無く、紀元2600年記念に建てた石柱を残しています。奥宮は今でも健在で、その場所で小休止をしました。

 杣道に入るところの木の上でミンミンゼミが鳴いていました。しばらく道を登り左手にそれると奥宮の場所になります。奥宮の拝殿もすでになく、同行した北林雅康文化課専門員では拝殿の上り框と考えられるという石積みが残されています。奥宮は30段近い階段上に鎮座しています。手すりはステンレス製で、異様に新しく感じます。

 また元の小松原道に戻り、倒木を掻い潜りながら進んでいきましたが、道は勾配がきつくなってきました。

 小松原道9 ミンミンゼミが鳴いています

 小松原道10 いよいよ小松原道

 小松原道11 八幡神社奥宮で小休止

 小松原道12 八幡神社奥宮

 小松原道13 倒木が続く小松原道

 小松原道14 倒木に生えたキノコ

 小松原道15 急峻な道

 小松原道16 立ち枯れの木に生えたキノコ

 小松原道17 道の際に岩がのぞく

 小松原道18 急峻な道が続きます。

 小松原道19 巨大な岩が横たわっています

 小松原道20 キノコ

 小松原道21 ガヤ

 小松原道22 相変わらず石が多くあります

 小松原道23 小休止で一息つきます

 小休止を終え、ササ原を進みます。頂上に近くなるにつれ道は急峻な道から徐々に角度を下げてきますが、体力が落ちて疲れは徐々に増してきました。

 ササ原の坂をかき分けながら進むうち、道は平たんになって灌木の間を歩くようになってきました。そこからは、国分事務局長がササを刈り取って歩きやすくしていました。ここまでは、国分事務局長の木々の説明は駆け足でしたが、ここからはゆっくりと説明されるようになりました。

 そして、明るい日差しを受けた展望台下の芝生の場所に出ました。眩しい限りでした。

 小松原道24

 小松原道25 ササをかき分けて

 小松原道26 灌木の林

 小松原道27 灌木の林を進む

 小松原道29 コシアブラの話

 小松原道30 頂上は近い

 小松原道31 キノコ

 小松原道32 展望台に出ました。

 展望台に着くと、ひときわ真っ赤で異様なものを見つけました。ツチアケビと呼ぶ植物だそうで、めったに見られないものだそうです。

 小松原道33 ツチアケビ

 展望台に登って、国分事務局長が周囲に見えるものを説明しました。市街地から七尾湾その奥にある能登空港、日本海を望む方向での原子力発電所、本丸跡など角度を変えての説明でした。すでにお昼近くになっていました。

 展望台1 展望台

 展望台2 市街地から七尾湾

 展望台3 本丸跡方向

 展望台4 本丸跡

 展望台5 石動山

 展望台6 事務局長のガイド風景

 展望台の階段で全員で集合写真を撮り小松原道は終了しました。

 下りは、国分事務局長の名付けた「黄連の道」を下って自動車道(県道城山線)に入り、自動車道からそれて小松原道に戻りました。

 ここで「小松原道をゆく」を終了し、次に「展望台からの下り道をゆく」をアップします。